「あなたにとって一番大切な○○は何ですか?」
あの…
大切なものに序列つけろとかおかしくないですか?
大切なものに序列をつけるとか、これまたどうでもいい作業。
そのひとを形づくるものなんて無数にある以上、そこで順番をつけるのはナンセンス。
大切かそうでないかで区別すべきです。
大切なものに序列を付ける愚
大切なものは大切なものでいいじゃないですか。
そこで序列を付けるとか上から目線もいいとこです。
序列を付ける作業などやるだけムダ。
それはもう、師匠に序列をつけることに等しい。そのような作業は余計なバイアスを生みます。
そして、そのような質問をしてもサークル活動や研究関連しか返ってこないでしょう。
これもまた答えが見えている質問。
志願者はヘンに答えを盛ってくるので、ピエロを増やしてしまうことになりかねない。
結果、問題を増やすだけです。
自分を縛る考え方
「序列を付けなければならない」という考え方は、あなたの思考を縛ります。
必要かそうでないのかで判断すればいいのに、わざわざそこで序列を付けてしまう。
その時点でムダです。
また、序列を付けてしまった場合、そのトップにはヘコヘコしなければならないという制限まで生じてしまいます。
「自分はこのひとを一番参考にしました」というのを公言してしまうと、そのひとの悪い点についてはムリにでも目を背けなければならない。
つまるところ言動が制限されるというやつで、いらない制限で不利益を被るとかアホらしいです。
当ブログがまとめ記事をあまり書かないのはそういうのがあります。
序列を決めてしまった場合、その序列にもとづいて行動しなければならない。
制限かかりまくりでいいことがありません。
師匠は多いほうがいい
ここで大切なひとのなかでも、師匠となる人物について考えます。
序列をつけ、師匠を減らしてしまうという行為は、意見や情報の多様性を失わせます。
すなわち一部の情報源だけに頼ってしまい、判断を誤る可能性につながってしまう。
そのため「師匠に序列をつける」というのはない方がいいです。
師匠は直接話せるかどうか問わず、多い方がいい。
その方が流れ込んでくる情報に多様性が生まれます。
話を聞くかどうかでフィルタリングすることで、情報収集の効率も上がるでしょう。
理想的なのは、話を聞こうと思う相手が多いこと。つまりは多数の師匠がいるということです。
この際、師匠と直接会って話せるかどうかというのは問題ではありません。
大事なのは思考や意見をコピーすること。
考え方は十人十色であり、いい例をたくさん知っているに越したことはありません。
そこにバイアスがかかってしまってはならないのです。
まとめ
結局のところ、「一番大切な○○」というのは実用面ではあまり役に立たない考え方です。
ムリに序列を付けてしまい、ヘンなバイアスが生じてしまっては元も子もない。
バイアスができるわ無駄にヘコヘコしなきゃならないわで大変。
このような場こそ二項対立の出番で、「話を聞くか、聞かないか」でわけるべきところです。
補足
この記事でいいたいのは、「大切なものに序列を付けるな」ということ。
あくまでも序列付けについて言っているのであって、大切かどうかを決めつけるなというものではありません。
この辺はむずかしいですからね。おそらく一読しただけでは理解できない。
本を読んで実践しまくることで「あ、こういうことか!」みたいになるはずです。