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メリットが少なくてもニッチならいいじゃん?

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大学での部活ネタでもう1本。

 

大学で部活をやるというのはマイノリティです。得られるものが他とはちがうので、「仲間はずれ」にならざるをえません。

しかしそのような生活からは、普通では得られないものが得られる可能性が高いです。

 

たとえ得られるものが少なくても、それがニッチなものであればやる意味もあるでしょう。

 

メリットが少ないからといって、それを捨ててもいいとは限りません。

 

みんなが持っていないもの

みんなが持っていないものを持っている。これはいいことです。

なぜなら、それによってみんなが解決できないことも解決できてしまうから。

キーマンになれることも珍しくはありません。

 

たとえば忍耐力。

ブラックという単語が連呼される現在、忍耐についてはあまり語られません。

辛い部活を耐え切れば相当な忍耐力がつき、部活をやっていない人間との大きな差になります。

 

忍耐力のある人間が、忍耐力のない人間の群れに入る。この場合、忍耐力のない人間は貴重です。

需要と供給の関係を考えれば、グループ内で需要が出ることは明らかでしょう。

耐久力のいる問題を解決できるという点で、グループには欠かせない人材ということになります。

 

マジョリティは精神的にラクです。みんなと同じということで安心感が生まれます。

しかしながら、みんなと同じというのは「自分じゃなくても良い」ということでもあります。

 

つまるところ歯車。あなたでなければダメということはありません。

 

みんなが持っていないものを持っているというのは、それだけで大きなメリット。そのめずらしい特長がデメリットをカバーしてしまうこともしばしばです。

部活の例でいえば、理不尽なことに耐えられる、土日関係なく動けるなどのメリットがあります。

これらは部活をやった人間特有のメリットでしょう。ブラックだの休日だの叫ばれる環境では需要が高いです。

 

言われないことにも着目

では、そのような「めずらしい特長」というものはどうやって見極めればいいのでしょうか。

答えはいくつかありますが、そのひとつとして「世の中で語られないもの」について見るというのがあります。

 

先ほども書いたとおり、忍耐力というのはあまり語られません。

語られるのは小手先のテクニックばかりで、簡単に身につきそうなものばかり。

そして語られないにもかかわらず、それによって解決できる問題はたくさん存在する。だとすれば、忍耐力を付ける意味というのもあるでしょう。

 

よく語られるものについてはみんなが注目しますから、そこを意識しても周囲と差は生まれません。

逆に語られないものについては注目されないので、みんな意識的に鍛えるということもない。そのため多くのひとがやらないということになります。

 

みんなができないことができる。

これは大きなメリットでしょう。周囲から仲間はずれになるというのは精神的に辛いですが、それに耐えれば自分という存在のニーズが高まります。

 

昔から言われていることと一致する可能性が大

そして意外なことに、このような「めずらしい特長」というのは実は昔から言われていることだったりもします。

 

忍耐力が重要というのは昔から言われていることですが、あまりにも普遍的すぎて強調されません。

それでも言われ続けるというのは、それだけ強いニーズがあるということでもあります。継続は力なりの法則で、忍耐強さは成功率を飛躍的に上げます。

 

また大学の理工系の学部では、今も昔も物理数学。

カリキュラムが変わらないというところが多く、変わるとしても名前だけみたいなところがほとんどです。

つまりはそれだけ基礎科目が重要ということで、その能力次第で技術者としてのレベルが決まることになります。

 

普遍的で、昔から言われていること。

そういうのがウケ悪いのはわかりきったことですよね。あるいは、そういうのは真実であり、意外と残酷。

この時代に根性論とか持ちだしてもウケませんよね。そういうことです。

 

何度も言われることというのは、それだけニーズがあるということ。

しかし地味すぎて目立たないか、向かい合うのがつらすぎて言われないかのどちらかになります。

そのため目先のものばかり追っていては気づけないでしょう。メタ的な視点から考えるなどの行為が必要です。

 

まとめ

わたしはよくみんながやりたがらない方向にすすんだりします。

 

みんなと一緒なんて面白くないじゃないですか。冒険しないですし。

 

そして「みんなと同じ」ことの一番のデメリットは、自分の価値がなくなってしまうこと。他との差がなくなってしまうという点で、寡占化からどんどん遠ざかってしまいます。

 

大学で部活をやるなんて、マイノリティ以外の何物でもありません。
そのような時間の使い方ができたひとは、マイノリティの経験というものを手に入れたわけです。

1回そういうのを経験すると、次もマイノリティになりたくなるもの。

そうしてマイノリティとしてのノウハウを蓄積することで、価値を出しやすい体質になっていきます。

 

同調圧力に屈するのか、マイノリティを貫いて最後に勝つのか。

これらのちがいは想像以上に大きいでしょう。

最初のうちはつらくても、あとになってものすごく大きいリターンという可能性は否定できません。

 

大学で部活というマイノリティ的生活は、のちのリターンのために時間を投資しているのです。

 

ところで

ところで、この記事は「需要と供給」というテーマで書いています。論理構造自体はどこかで見たことがあるでしょう。

パクリだのモデリングだの騒がれているようですが、このような文章についてはどうでしょうか。

 

「パクリとオリジナル」というテーマから考えてみると面白いはずです。

 

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