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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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意識高い系への批判について思うこと

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イケハヤさんのツイートを見て「あっ!」っと思ったことが。

 

 

 

 

つまりは

意識の高さを批判するひとほど自意識に執着している。
そのため意識の高いひとを叩いたり、チャレンジングな話をしない。

ということ。
論理構造としてはPVなどの話と一緒。PV重視やバズが悪とされるのと同じです。

 

この考えは付き合うひとを選ぶためのフィルターとして使えますし、また「応援団」を作るコツでもあります。
以下、その詳細について。

 

フィルターとしての有用性

意識の高さを嫌うひとのほとんどは意識が低いです。もしあなたが何かに挑戦しようとしている場合、そのようなひとと付き合うメリットは少ないでしょう。

逆にいえば、チャレンジ精神にあふれる感じで話をすることで、チャレンジしないひとを排除できます。

自分の理想とするヴィジョンを熱く語ることで、チャレンジ精神あふれるひとだけを選別できるのです。

夢を語ることで嫌な顔をされるかもしれませんが、そこは割りきりましょう。
そこでちょっと我慢すれば、後々大きなプラスになって返ってきます。

 

ただし、この方法にも注意点があります。
それは勉強が目的化しているひととつながってしまうということ。
一度ハマってしまうとなかなか逃げられません。デメリットをおよぼすばかりです。

ではどう対策すればいいか。

勉強して何をしたいのか、そのためには具体的に何をすればよいのかといったことを質問してください。

チャレンジ精神があって、ゴールが明確なひとであれば即答できます。
自分がやりたいと思うことについては喋りたくなるものですから、スラスラと答えられて当たり前。そのようなひととは付き合う価値があります。

逆に、勉強そのものが目的化している場合、答えるのに時間がかかります。
目標や道すじがハッキリしていないのですから、答えるのも難しいです。

 

このように、相手のヴィジョンについて詳細を訊くことで、付き合うべき人物もおのずと見えてきます。

 

応援団を作るのにも使える

意識の高さが叩かれるのは、応援団を作ることにも使えます。
すなわち、ガツガツした姿勢を見せないことにより、自分のファンを増やす。
これはマーケティングと言っても過言ではありません。

日本には意識の高さを悪とする空気があります。
意識が高いと徹底的に叩かれる一方、意識が低いと「上品だ」「清貧ですばらしい」などと見られるのです。

自意識に執着すればするほど、「応援団」になりやすいのも当然のこと。
大半のひとは「能ある鷹は爪を隠す」と信じこんでおり、ケダモノが活躍するという事実を直視できません。

 

実際には、チャレンジなしには大きなことなど実現できません。
見た目を気にせずに全力投球することによってのみ、結果がついてきます。

意識が低い庶民的な考え方からすれば、実力があって上品「そう」なひとから慰めてもらいたい。ケダモノが成功しないかのような「願望」を言ってほしいのです。

 

このようにキャラ操作をすることで、意識・リテラシーともに低い人間が応援団になってくれます。自意識に執着したが最後、清貧「そう」なひとについていってしまうんです。

 

まとめ

上記のことから、自意識の高さに執着するひとほど利用されやすいのがお分かりいただけたでしょう。意識の高さを批判すればするほど、逆に不利になってしまう。

みんなが叩いているから大丈夫なように思えても、実際には真逆なんです。

このような意識高い系についての議論は、「評判がモテを呼ぶ」といった権威主義的なことに対して理由を与えてくれます。

すなわち、自意識や権威といったものにこだわった挙句、自分で判断することができなくなる。「意識高い系は悪だ」といった庶民的な考え方は、主体性を失わせる大きな原因になります。