読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

MENU

多くの人が気づかないうちに「命令」をしてしまっている

ビジネス 仕事 生活

スポンサードリンク

f:id:murasakai:20160425170352j:plain

人に何かを指示する際、「命令のように聞こえるか」というのは大きな意味を持ちます。

「○○しろ!」と命令のように指示すれば狙い通りに動いてはくれませんし、逆にお願いする姿勢でかつメリットも提示すれば、120パーセントのパフォーマンスを出してくれることもあります。

言っていることや指示の内容は変わらないままですが、それをどのように表現するかだけでも全然違うもの。

しかし現実には多くの人が、面倒くささやケチくささから「お願い」ではなく「命令」をしてしまっているのです。

 

目次

 

メリットなしでは動いてくれない

人に何かを指示する大原則として、メリットを提示するというのはあまりにも有名です。指示される側からしても、目の前にニンジンがぶら下がっていれば動きたくなるでしょう。

メリットというのは「◯◯するといいことがあるよ」的なものから、「◯◯してくれれば悪い思いをしなくて済む」みたいなものまでさまざまです。

論理はわかりきっていて、実際に指示されることは日常生活中にも山ほどある。そうとなれば、人に何かを指示する、頼むということは楽勝なような気がします。

しかしながら現実にはそうはいかず、多くの人が指示や依頼ではなく「命令」をしているのが実際です。

メリットがわかっていない中で「◯◯しておいて」みたいに頼むとどうなるか。相手はこちらの思った通りには動いてくれませんし、動くとしても優秀な働きをすることもありません。

 

体育会系思考は思いのほか多い

「メリットを提示する」というのは、頭ではわかっていても実際にやるのはむずかしいです。「こうすれば動いてくれるだろう」というのは簡単に理解できても、いざ実践しようとなると忘れてしまいがち。

そうして数十年と時間が過ぎていくのですから、意識しないと身につかないものなのです。

メリットを提示せず「命令」をしてしまうのは、体育会系や年功序列の現れといえるでしょう。すなわち言っていることが論理的ではなく、実際に動くメリットを何も考慮していないため、人を動かすにあたっては致命的です。

メリットがはっきりとわかれば人は動きますから、「命令」ではなく「お願い」の形で話すのには非常に合理性があります。

それにもかかわらず、現実には「◯◯しろ!」だけで聞き手のことを考えていない話し手は多数。結局、世の中には「命令」が思いのほか多く存在するのです。

 

無理やりはいけない

なぜ「命令」することをやめられないのか。
それにはいくつか理由がありますが、

  • 面倒くさい
  • 相手を奴隷として見下している
  • メリットを示すことの効果を理解していない

といったものが代表的です。

言われる側の立場からすれば、メリットを提示されれば動こうと思いますし、尊敬できる人が相手であれば120パーセント頑張りたくなります。

考えてみてください。

相手にとって嬉しいことを言うだけで、相手が120パーセントの働きをしてくれる。これはオイシイ話ではないでしょうか?

こちらが少し言葉に気をつかうがけで、それ以上のリターンがある。相手からすればモチベーションが上がり、ひたすらいい結果を出そうと必死になる。

つまりはこちらがある程度楽できるわけで、面倒くさくても「命令」しないことが最終的には楽することにつながるわけです。

 

良好な人間関係には欠かせない

メリットを提示する話し方は、良好な人間関係の基本といっていいでしょう。

片方が奴隷としてしか感じない人間関係というのは不健全であり、どこかしらで破綻します。

たとえ人を使う場合でも、相手にとって嬉しいこととは何かを考え、指示する際にはそれを提示する。「◯◯さんが喜びますよ」みたいなのでも全然問題ありません。

人間関係においてメリットを示すのは、親しき仲にも礼儀ありのひとつの形といえるでしょう。仲がいいからといって相手への配慮を怠ると関係は悪化し、居心地が悪くなっていきます。

 

ケチくさい精神は捨てる

メリットを提示するというと、面倒くさいという思いが出てこないわけでもありません。

時には「え?なんでコイツ相手にいちいちメリットを言わなきゃいけないわけ?」みたいに考えてしまうこともあるでしょう。

そういうところでもきちんと等距離でメリットを示す人が、最終的には大きな結果を出して成功するのです。

相手を奴隷のようにみなしている場合、相手も自分のことをよく思ってはいませんから、ケチ臭さは捨てるべき。

たとえ相手のことが気に入らなくても、自分のために動いて欲しいのであれば誠実さを示す必要があります。

 

ケチ臭さは論理を破綻させる

相手のことが気に入らないからといって、物を頼む態度まで変わってしまうのはよろしくありません。

気に入らない人がいて、距離を置くのは自由ですが、いざ一緒に仕事をすることになった場合にはケチくさい精神を捨てましょう。

ケチくさい精神は論理を破綻させ、相手が思い通りに動いてくれない原因になります。メリットを示すのが面倒だからといって「命令」をしてしまうと論理は破綻し、相手は思うように動いてくれないのです。

相手にお願いするときだけ頑張れば、あとは自由。
お願いするその場ではプライドが傷つくかもしれませんが、そこだけ我慢すれば問題ありません。ケチくさい精神やくだらないプライドは捨てましょう。

 

まとめ

言われる側の立場で考えれば簡単なことなのですが、いざ指示する側にまわるとなると途端にできなくなる。「命令」をしないのは習慣化する必要があり、メリットを提示するなど相手を気遣うことで、あとで何倍にもなって返ってきます。

何の理由もなしに1000円出せと言われても、あなたは1000円を出したがらないでしょう。逆に「◯◯するために至急必要なんだ!お願い!あとでご飯おごるから!」と言われると、自然と差し出してしまうはずです。

気遣いは利回りのいい行動であり、なるべく早く身につけるべきもの。早く覚えてしまえばそれだけ早い段階から人を動かせるようになり、結果として早く成功できることにつながるのです。