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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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ある美容室でのできごと 考えのちがいは細部に出る

お金の話 生活

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ある美容室でのできごと。

美容師さん「夏休みどっか行くんですか?」
筆者「勉強しますかね。読書とか。」
美「遊びに行ったりしないんですか?せっかくの夏休みなのに」
筆「将来遊べるように、今自分に投資しておきます。」
美「すごいですね…」
筆「いえ、それほどでも」

数年前からこういうのが続いているんですけど、自分でもなんでこういうやり取りできるのか、不思議でたまりません。
おそらくは本の読み過ぎで書いてあることがまま出たのか。
真相は神のみぞ知る。笑

 

美容室を変えてからはこういうのが何回かありました。
「自分に投資する」なんて表現がとっさに出てきたときは、正直自分でもおどろきました。笑

そこの美容室は美容師の個を重んじる感じのところで、空気が独特。
美容師間でのやりとりが目立たなく、お客さんとマンツーマンなところがあります。
ホント、美容師間での会話が「見られない」ぐらいで、お客さんが満足できるようになっている。
学べるところがたくさんあるので、これからもその美容室には通おうと思います。

さて、上記の会話には

  • 将来遊ぶために、今、苦労する
  • 思考パターンを憶える

というのがあります。
読書習慣があるひとなら、すぐにピンとくるでしょう。

将来遊ぶために今がんばるというのは、自己投資の根底にあるもの。
数年後、数十年後にやりたいようにやるにはお金およびそれを稼ぐ仕組みが欠かせません。
特に仕組みづくりは大切で、稼ぐ「スキル」のように目に見えない。
その構築や習得には今から取り組んでおいて損はありませんし、取り組まない理由もありません。

また、思考パターンを憶えることによって判断がしやすくなるのも事実です。
何かを考える・判断するにあたり、自分なりのルールがあるかどうかは大きなちがいを生みます。
思考パターンというのは判断するための「ルール」であり、それに照らし合わせれば即答も可能。
即座に判断しているひとって、思考「パターン」を憶えていることが多いです。

 

 

今、苦労しろ

 若者に対して「今がいちばん楽しいときだね」と声をかけて洗脳するのは、犯罪行為に等しい。
 なぜなら「今がいちばん楽しいときだね」という言葉は、裏を返せば「これから楽しくなくなるよ」と脅していることになるからだ。
 そんな言葉のシャワーを浴びて育った子どもが、果たして幸せになるだろうか。

当たり前のことですが、「学生のうちに遊んでおけ」という言葉を発してくるひとは今遊べる立場にはありません。
それどころか道連れにしようとすらしています。
そこに経営者の「人材を獲得していい奴隷に育てたい」的な考えがあわさって、今日も遊べ遊べと言われるばかり。
つまるところ、学生に自己投資をされてはオトナたちは困るのです。

学生のうちは自己投資にかかるコストが低いです。
だとすれば安いうちにトコトンやっておくべきでしょう。
体力も有り余っていますし、読書したり色んなことを経験できる。
そこに古典でもぶち込んでおけばなおよしです。

オトナたちの「今のうちに遊んでおけ」というのは、真に受けてはいけないことばです。
やるべくは自己投資であって、遊んでいてはお金と時間が消えていきます。
学生が遊べばオトナたちは儲かりますし、加工しやすい人材も増える。
「学生は遊べ」というのはオトナたちのために存在することばなのです。

そうして得をする人間がいれば、損する人間もいるもの。
学生は力が付かなくて、気づいたときにはどうにもならないというパターンもめずらしくありません。
対策としてはそのような構造に気づき、恐怖心のもと、ひたすら読書したりいろんなものを体験を体験すること。
読書の冊数によって視界のフィルターは改善されますし、いろんなことを体験するというのはつぶしが利くようにするということです。

 

思考回路をパクれ

 メンターがいる人といない人では何が違うかと言えば、安定感だ。
 メンターとは、あなたの心の支えとなる師匠だから、人でも本でもいい。
 要は、その人の思考パターンがあなたにインストールされていることが大切なのだ。

思考回路を身につけるというのは、やるのとやらないのとでは大きなちがいがでます。
自分が素直にすごいと思うひとがいたら思考パターンを憶えて、それを日々の生活で実践しましょう。

別に、メンターというのは目の前にいるひとでなくてもかまいません。
本を通じて思考回路を学べる場合でも、それはメンターとして作用します。
本やブログから考え方を学べるかどうかが重要です。

思考パターンを身につけると、判断するのが格段に楽になります。
自分のなかで明確な線引きができるので、どこでどうすればよいかがわかりやすい。
買い物をするときなんかは顕著で、思考を覚えていれば買うか買わないかの判断が一瞬でできます。
ほかにも、重大な決断をするときに地に足の着いた思考ができる、動きにムダがなくなるなどメリットはさまざまです。

そして読書というのは、思考パターンを学ぶのにいちばん手っ取り早い手段。
遠く離れた場所にいるメンター、時代がちがうメンターの考え方を、わずか2000円、下手すれば数百円で学ぶことができます。
歴史上有名なあのひとの作品を読むというのも簡単にできてしまいますし、学んだ考え方を実践することでどんどん成長していく。
それぐらいの出費で人生が変わることもめずらしくないのですから、読書によって思考パターンを学ぶというのは非常に重要です。

学生は図書館というチートツールがありますので、それを使わない手はありません。
せっかく高い学費を払っていっているのですから、当然使うべきでしょう。
読み放題なうえ、分野・時代ごとに本が揃っているので、読まないというのはかなり損しているんです。

 

名言がすらすらと出てきますか?

思考回路を学ぶことの重要性を感じ、自己投資をちゃんとしてれば、だんだんと考え方が定着してきます。
そうやって努力していれば、ささいな質問に対してかっこいいフレーズで答えることができるでしょう。
おそらくは自分でもビックリするはずです。

名言がすらすらと出てくるというのは、そのひとの生活がそれだけ充実しているということです。
目の前のことが楽しくて仕方なかったとき、いかにもな名言が次々と湧いてくるような経験をしたことがあるでしょう。
あるいは「キツいけど楽しい」みたいな生活をしていると、名言のすばらしさが「なんとなく」感じられる。
そんな感じのです。

名言をすらすらと言うにあたっては名言を覚えていなければなりませんし、その過程では読書をたくさんします。
つまりはそれだけの引き出しを持たなければならないのです。
思考回路を学ぶというのは名言の生み出し方を学ぶようなものですし、自己投資というのは思考パターンの定着化を実現します。
それが将来の楽しい生活につながるのは言うまでもありません。

そして読書をしまくっていい思考パターンをパクりまくれば、本質的なものも見えてくることでしょう。
自己投資も思考回路もNを増やすことによって共通部分が出てきますし、その共通部分が本質ということになります。
そのような普遍的なものを学ぶのが「本質を学ぶ」ということであり、万物に共通するものを憶えるということです。

 

アウトプットを忘れるな

自己投資や思考回路学習にはコツがあります。
それはアウトプットをするということ。
学んだことはアウトプットによって理解が進みますし、何より実践して体験することで定着化します。

紙でもノートでもブログ記事でも、とにかくなんでもいい。
いいものを見つけたらその日のうちにアウトプットしましょう。
そういうのを毎日くりかえすことにより、学んだものはどんどん定着化していくもの。
アウトプットが習慣化されれば名言砲になれるといっても過言ではありません。

そして名言がバンバンということは、それだけ名言を生産する思考回路ができているということ。
本質を突いた発言は、本質を見抜く方法を身につけないとできません。
たしかにことばそのものは暗記できますが、そのことばが持つ意味やメッセージというのは本質を理解しないとわからない。
無為自然ということばひとつとっても、それが変化を拒絶するためのことばとなっていてはダメなのです。

深いところまで理解し、学んだことを毎日アウトプットする。
慣れないうちは辛いですが、慣れてしまえばたいしたことありません。それどころかことばかっこ良すぎて漏れそうにこともあるでしょう。笑
自己投資やプロセスそのものは目的化してはいけませんが、それらを楽しんで行えるというのは非常に大きいです。

 

まとめ

この記事の趣旨をまとめると「若いうちから読書や体験をし、いい思考ができるように努力しよう」ということになります。
ことばそのものは単純ですが、これを実行に移そうとなると多くのひとが途中で挫折します。
毎日読書しアウトプットするというのは一見して簡単そうですが、「毎日」というのがなかなかむずかしい。
また得られるお金や自由時間を勉強にまわせというのは、遊べといわれて育ってきた人間には辛いものがあります。

そのような自己鍛錬を阻害するのは、ほかでもない消費者的な空気です。
人付き合いで飲み会をしたり、みんなといっしょに群れて行動しないと村八分にされるのは否定できません。
しかしそこで言い訳をしてはダメで、できないならやり方を変えるべき。
飲み会は一次会で帰ってくればいいですし、みんなといっしょじゃなきゃ出来ないというのは単なる錯覚にすぎません。

消費者の空気に満ち溢れたコミュニティでは、自分が強くなろうとすると足を引っ張られます。
それでも将来の楽しい生活をしたいと思えば、「なんだ、足の引っ張り合いか。そんなのに関わってはいられない」と感じるはずです。

成長するにあたっては村社会の空気が邪魔をしてきますが、そんなものは無視してください。
たとえ一時的には叩かれたとしても、それが将来の楽しさにつながるのは否定のしようがない。
文句を言われてもちゃんとこなせるかが将来を分けるのであって、自己鍛錬にはいかなる言い訳も必要ありません。ただ愚直にこなせばよいのです。

 

 

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