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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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上から目線は悪いことなのか 上から目線は◯◯を解決する!

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わたしたちは小さい頃から「上から目線はいけないことだ」と、しつこいほど刷り込まれます。
そのような刷り込みから、多くのひとは上から目線という言葉に対して嫌悪感を感じるでしょう。

しかし上から目線にはさまざまなメリットが存在しますし、また無意識のうちに実行しているもの。
さらにはブラック企業・ブラック研究室問題を解決するカギでもあり、細かく観察してみて損はしません。

 

上から目線ということばを聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
おそらくは「そんなことをするなんてクソ野郎だ!」みたいなことを考えるでしょう。
たしかにそういう気持ちがわからないわけでもありません。

しかしです。
わたしたちは上から目線はダメだと言われながらも日々の買い物でやっていますし、何より損失を防ぐのに欠かせないというのは否定できません。
ことばのうえではダメだと言われながらも実際には役に立つ要素が多分に含まれます。

上から目線によって得られるメリットは多く、代表的なものでも

  • 選択肢を増やせる
  • 騙されにくくなる
  • さまざまな視点から物事を考えられる

というものがあります。
ほかにも星の数ほどメリットが存在しますし、そもそも無意識のうちにやっている以上、そのメリットも気づかないうちに享受しているものです。

 

上から目線は健全な生活に欠かせない

一見して上から目線は悪いことのように思えますが、実際にはいいことづくし。
買い物で損をしない、目の前の状況に釣られない、セーフティネットに気づけるというように、悪いことよりもいいことの方が多いです。
それらに共通していえるのが、評価する側の視点に立てるということ。
当たり前すぎて気づかないかもしれませんが、こういうのはかなり重要です。

「あのひとに褒められよう」
「置かれた場所で咲いてやろう」
たしかに、そういう考え方もあるでしょう。
しかしそれらはあくまでも「評価される」側の考え方であって、ルールを疑うという姿勢が欠けています。

健全な生活をするには素直に疑問に思える、自分の考え方でものを見るといった「評価する」側の視点が大切です。

わたしたちはオトナになる過程ではそのような視点はダメだと教えこまされ、ひとに評価されることばかりを覚えていきます。
手に入る情報も「あのひとに褒められればすごい」みたいなものばかりで、使われる側の考え方をこれでもかというほど刷り込まれる。
ある意味で、情報統制といっても過言ではないでしょう。それほど上から目線を潰されます。

そうしてできあがるのが搾取構造なわけで、そこでの疑問や反論は全部消されます。
一見して選択肢があるように見えても、実際にはかなり限られた選択肢しか明らかになっておらず、実質的に搾取ルートを強要されるもの。
そこでNOを突きつけられるひとというのは少なく、多くのひとが不満に「思う」だけで止まってしまいます。

上から目線というのはそのような閉鎖的な構造に気づかせてくれます。
疑問を持つなんて卑屈な精神ではできないことですし、与えられた以外の選択肢も見えてくるもの。
メタ的な視点とでもいえばいいでしょうか。
そのような考え方や視点から自由は生まれるもので、閉鎖空間に対して疑いを持てないからこそあきらめや苦しみが生まれるのです。

ほかに選択肢があるとわかっているだけでも、苦痛の大きさはぜんぜんちがってきます。
選択肢がないというのが真実となってしまうと権力に屈する諦めしか出てきませんが、選択肢があることがわかっていると突き放すような考え方が可能。
まだ希望があるとわかっているだけで、苦痛の大きさには天と地ほどの差があります。

ひとによってはそのまま行動に移して問題解決、なんてこともあるでしょう。
そういうのを実現するのが上から目線であって、使われる側の考え方だけでは延々と苦しむだけです。

 

無意識のうちに上から目線

頑ななまでに上から目線を否定するひとというのは、はたして自分が上から目線をやっていないと言い切れるでしょうか。
少なくとも買い物をするうえでは商品を比較しているはずですし、たとえ限られた選択肢といえども上から目線に他なりません。

比較ということばで表されるとしても、実際には上から目線で選んでいるのと変わりない。
そして提供する側は、そのさらに上から見ている。こういう構図です。

極端な話、上から目線がダメとかいったらお金がいくらあっても足りません。
使えるお金が有限だからこそどこかで判断を下さねばならず、商品を「評価する」ことになります。
つまりは多かれ少なかれ上から目線はゼロにはできず、生活のどこかでは必ずやっているのです。

買い物というのは上から目線に立てないと損をします。
割引だからといって買ってしまうのは搾取される側の考え方であって、収益のカラクリを知っていればわざわざ割引の商品にお金を取られるということもありません。
この微妙なちがいこそが、評価するかされるかのちがいです。

 

ブラック解決のカギ

そして何より、上から目線というのはブラック企業やブラック研究室という問題を解決するうえで欠かせません。
ブラックの本質というのは「ほかに選択肢が見えず、搾取されつづける」というもの。
たとえ実家というものがあっても本人はそれに気づくことができず、生活を握られているという恐怖心からひたすら搾取され続ける選択をしてしまいます。

そこでもし、現在の環境に対して疑問を持てるようになったらどうでしょうか。
実家という選択肢が見えるようになったらどうでしょうか。まちがいなく考え方は変わりますよね。それも一歩引いたものに。

目の前の環境や選択肢、ルールを疑えないがためにハムスターになってしまい、延々と苦しみつづける。これがブラックの正体です。
上から目線を持てずに従順さだけが残ってしまうとオーバーワークにつながり、結果として大変なことになります。
事件になってからでは遅いですし、泣き寝入りするしかない。
そのため目の前のものを「評価する」考え方が重要で、それこそがブラックで苦しむのを防いでくれます。

ブラックでの過労については予防がめちゃくちゃ大切です。
いかに前もって環境を評価し、対策を打てるかどうか。
これができないと搾取からのうつ病という負のレールまっしぐら。
ちゃんと疑えるだけの余裕があるうちに上から目線で評価しておきましょう。

 

まとめ

ここでの上から目線というのは、かなり広い意味でのものです。
上から目線を持たないというのは従順になることと同義であり、QOLの低下につながったりと悲惨。
だとすれば現実的な策としてどこかで評価する側にまわる必要があって、プライドを犠牲にしてでも身を守るべきです。

上から目線については分解すれば色んなものが見えてきます。
上記のようなひねったような見方も可能です。
視点を科学するというのは生活のあれやこれに気づかせてくれるもので、やっておいてマイナスにはなりません。
それどころか過労を防いだりお得な買い物を実現したりしますからメリットだらけです。

 

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