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生活や人間関係における考え方まとめ

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キーボードを変えたらナニかが変わった 道具に投資することの意味

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パソコンに飲み物をこぼしたということで、キーボードを外付けで買ったわけです。
打ちやすさも考えて高いのを購入。そしたら意外と打ちやすくてビックリ。
打ちやすすぎて文章書くのが非常に楽しいです。

道具への投資というのは、適切なものに対して行えば効果を発揮します。
そしてその狙い所としては

  • 自分がちゃんと「道具」だと認識している
  • 使い勝手の重みが大きい

というのを考えるとよし。
そのうえでお金を惜しまずに投入すれば、それに見合った効果が得られます。

 

最初から道具ありきの考え方になるのはよくないですが、行き詰まった時に道具に投資するというのは有効な手段です。
「あの有名人が使っている」といっても、それがそのひとを崇拝してのものであればただの消費であり、効率という点に目を当てるのであれば投資になります。
すなわち、投資になるか消費になるかは意識の差による部分が大きいのです。

長財布を持っていてもお金持ちになれないのと同様、安易に道具に頼ってもいいことはありません。
あくまでも道具として利用することで役に立つのであって、投資そのものが目的化してしまってはダメなのです。
キーボードなどのガジェット系でいえば、投資によって効率化が行える場合にのみ買うべきでしょう。
無目的な買い物が何も生み出さないように、単に有名人が使っているからといって機材を買ってはムダが多くなってしまいます。

 

道具に依存するな

道具に依存しないというのは、道具に投資するうえでの最低限の心構えです。
買うものについてはあくまでも道具、使ってやるぐらいの目線に立たないとダメで、それができないと「道具に使われる」ということになりかねません。

かなりドライな考え方ですが、これぐらいやって当然でしょう。
いい機材を買ったからといって、ライティング技術がなければ意味がないのです。

先日ノートパソコンが壊れましたが、文字を打つこと自体はできます。
しかし押しやすさがいちじるしく悪化し、また一部のキーで異常が見られるなど、効率はかなり低下。
アンダーバーを打つと+が一緒に打ち込まれるとか、地味にウザいですね。+がプラスされる
今後の事故防止のためにノートは離して設置、ディスプレー・キーボード・マウスだけで操作するということで、キーボードを買ったわけです。

つまるところ、「操作できる」というレベルで見ればそこまで問題ではないんです。
しかし快適さやスピードという観点から見た場合、とても取るに足らないレベル。
そのため外付けの機材については「あると格段に便利」といったところです。

このような考え方はガジェット以外にも有効で、モノを買うときの良い指標になります。
ないと困るorあると格段に便利なものについては購入する価値がありますし、あってもなくても変わらないというのなら別に買わなくても問題ありません。
道具は道具であって、結果さえ生み出せれば何も問題なし。
道具や過程にこだわるのは心身の土台ができてからでも遅くはありません。

 

効率化も効果が重要

また、たとえ作業効率が上がるとはいっても、投資が適切でない場面も存在します。
効率化に見合った需要がなければ投資する意味は皆無で、その分のお金を別にまわせということになります。
キーボードであればそこまで大きい出費ではありませんが、これがパソコンそのものだとかになった場合には考えるべきことでしょう。
そのパソコンはなぜ買うのか、本当に必要なのかというのを考えないとお金がどんどん消えていきます。

ここで重要なのは金額の多寡ではなく考え方です。
金額が小さいうちからあれこれ考えるのはケチなものがありますが、本質を考えるうえでは欠かせません。
その分のお金に見合った需要があるかというのは動く額が大きいときほど重要で、そこらへんを考えられないとムダな投資をすることにつながります。
機材を買い換えた場合、どのような効果があるのか、どのぐらい効率化ができるのか、効率化した部分によって何が生まれるのかという部分について考えましょう。

この考え方は応用がきき、微小な金額についての考え方にも当てはめることができます。
ウン百万ウン千万という額を動かすにあたっては数千円、数万円という額は微々たるもの。
あるいはリターンに対して無視できるぐらいに小さければ、そこにはこだわる必要がありません。
つまりはある程度のどんぶり勘定は必須で、節約していらないところで消耗するというのでは本末転倒です。

どんぶり勘定になれ、されどムダな出費はするなという理解しづらいことですが、身につけておいて損はない考え方でしょう。
自分なりのルールを決めておき、買うか買わないかを考えるというのは経済的なセンスを磨くという点でもやる価値があります。

 

まとめ

たかがキーボード、されどキーボード。
ここでいいたいのは投資が目的化してはいけないということであり、金額の大小はそこまで重要ではありません。
あくまでもモノがそこまで高くないだけであって、説明対象として扱いやすいということから取り上げました。

スタバでMacでターン!したいといっても、それ自体が目的化してはなりません。
そういうのは副産物であって、見るべきものは別です。
タブレットを買う場合には何が得られるか、単に見栄のために買おうとはしていないかという点を考えるべきでしょう。
ポータブルなこと、機材のちがいによるアピール以外では大して意味をなさないので、すでにあるものでやりくりするのも悪いことではないのです。

扱う額が小さいうちからこういうのを考えるというのは、子供のころの「お小遣い」と同じです。
小さい額を扱えるようになってようやく大きい額を扱える、いわば身の丈にあった金銭感覚というやつで、宝くじに関する議論と似たものがあります。
あぶく銭をどう使うかというのも金銭的なセンスに結構関係し、その分のお金を何に使うかというのはかなり重要。
かりに目の前にあぶく銭がないとしても、「もし、今目の前に1億あったらどうするか」みたいなのを考えるはムダではありません。むしろやっておくべきことです。

 

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