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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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「ノート見せて」と言われてもわたしが怒らない理由 ノート写しはベーシックインカムと似ている

精神論 教育

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「授業休んじゃったからノート見せて」
学校生活において、こういうのはザラにあります。
ノートを見せてと言われたとき、あなたはどう思いますか?
他人がラクをすることに対する考え方って結構重要です。

 

わたしの場合、「別にどうでもいい。好きなだけ見てくれ。」としか思いません。
なぜか。自分がわかっていれば問題ないからです。

他人がラクをしようと、それによって自分のパフォーマンスが変わるわけではありません。
ノートなんて見せたところで減りませんし、秘密事項さえ書いていなければ自分が被害を追うなんてことはない。
研究室配属なんかは例外ですけど、あれは該当する教科だけうまく立ち回っていればよし。
基本的にノートを見せることによる絶対的な損失なんてないので、ノート写しについてはどうでもいいとしか考えていません。

授業なんてセミナーみたいなものでしょう。
自分が理解すれば問題ないですし、そもそも理解して何かにつなげる類のもの。
他人がラクをすることに対して怒るためのものではありません。

こんなんですからノートの中身なんてキーワードや図が並んでいるだけですし、後で調べるのが前提になっています。
よくGoogleやYahooでキーワードを入れて検索するじゃないですか。あれと同じ。
どのみち調べ物からは逃れられませんので結構割り切ってます。

 

ただし、世の中自分がわかっていれば問題ないというドライなひとばかりではありません。
中には「授業を休むなんてけしからん!」なんてひともいます。
むしろこっちの方が多い。
そういうひとに対しては、とにかく出席して寝ないで授業を受けるという「姿勢」を見せるのが重要。
彼らにとっては「やることが大切」みたいなのがありますから、彼らと横一線に並ぼうとしないとギスギスするものです。

もし風邪などの不可抗力で欠席しやすいのであれば、それ相応にマジメな姿勢を見せておくべきでしょう。
あるいは彼らにノートを見せてもらわなくてもいいように、本を読んで勉強できるようになるか。
マジメ君相手には姿勢を見せておくだけでいいので、ある意味で事は単純です。もっとも、性格が合わなければキツいものがありますけど。

 

だいじなのは「自分はどうなのか」

上記の例を通して言いたいのは、「自分がどうなのか」という考え方について。
これについては以前も触れましたが、絶対評価と相対評価のちがいそのまんまです。
わたしにとっては他人の成果なんてせいぜいマネする対象でしかなくて、妬む類のものではありません。

わたしが重視しているのは自分がちゃんと理解しているか、一定のラインを超えているかという点です。
ここらへんは将来的にどうなるのかという部分に関わってきますので、結構細かく見ています。
授業だけでわからなかったら何回も勉強。ブラックなんて関係なし。
出席なんてあいまいな評価基準よりは、どのくらい理解しているかというものさしで見ています。

絶対評価で判断する人間からすれば、他人がラクしていようが関係ないんです。
フォーカスしているのは自分が何を得たかであって、まわりがどうかというものではありません。
それに、他人の成果を判断基準に使った場合、グループ全体の平均レベルによって評価が大きく変わってしまいます。
そういうのはゆでガエルみたいなものをも引き起こすので、わたしはあまり好きではありません。

 

ベーシックインカムとの類似点

ノート写しについてはベーシックインカムと似ているところがあります。
それは「サボった者勝ち」という点。
ベーシックインカムで最低限の生活費が支給された場合、一生懸命に働くことは損です。言い換えれば、サボればサボるほどお得ということ。
ノート写しでいえば、授業に出ずに他のことをやれば授業分の時間が浮き、サボった者の方が得をします。

他人がラクをすることに対してはあんまり興味がなく、わたしにとっては目標が達成できたかどうかが重要です。
平均レベルがどうであれ、自分が目標としているラインに届かなかった場合は問答無用でダメ扱い。
悪い点を洗い出して徹底的に潰します。

そして、他人のサボりに寛容になるという考え方ができるひとは案外少ない
多くのひとにとって努力というものは評価されるべきものであり、過程の方が重要となっています。
そして結果についても平均より劣っていなければ問題なし。あくまでも判断の基準はまわりがどうかという相対評価です。

相対評価で判断するというのは、リーダーとしてはあんまりよろしくありません。
立てた目標に対してチームをまとめて向かうのがリーダーとしての役割であり、チーム外がどうであれ結果に対して誠実になる必要があります。
友人や仲間がラクをしているからといって、自分もラクをしていいとは限らない。
他人の成果に謙虚になる必要があるとはいえ、リーダーになりたいひとは絶対評価のクセを付けたほうがいいです。

ベーシックインカムについては実現性については置いておいて、そのものに対する考え方を持っておいて損はないでしょう。
サボっていても生きていける場合、あなたはどう考えるのか。
ベーシックインカムが話題になるとやれ財源がどうのこうのということや、現実はそれだけでは解決できないひとばかりということが出てきますが、「一言で表すと」みたいなのも欠かせません。

 

まとめ

ノート写しひとつとっても、こんな感じに考察ができます。
もちろんノート写しについてはこれ以外にも議論のしようはあって、「使う者VS使われる者」的な議論も可能です。
ただ今回はサボった者勝ちというものテーマにしており、そういうのは取り上げませんでした。

ベーシックインカムのような実現可能性がないものについて、ただ現実性がないというだけで終わってしまってはもったいないです。
仮想上のものであれ、そのような概念のもとで自分がどう動くかというのを考えるのはおもしろいですし、自分というものをよりよく理解できます。
最近話題になったものでいえば、ビットコインについて考えてみるといいでしょう。
こちらは実現可能性はベーシックインカムとは真逆ですが、ひとことで表せるか、ビットコインそのものへの思いについては自分を把握する手掛かりとなるはずです。

 

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