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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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仲のよさに嫉妬しても何も生まれない 承認欲求高杉晋作

生活

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「お前、アイツと仲良いよな。俺のこと大事じゃないのか?」

うーん....
後輩の面倒を見ていると、同期からからこういうのをよく言われるんですよねぇ。
すんごいどうでもいいような...

 

上下関係だけでなく、ひととの仲のよさなんて気にしても仕方ないでしょう。
性格による相性があるのは事実ですし、みんなとの仲が横一線になるように接しているパターンもありますし。
そして仲の良さに対していちいち嫉妬していると、そのうち嫌われます。

たとえ親友が誰かと仲がいいとしても、嫉妬はしないように。
してしまったとしても、それを口にはしないように。

当の本人からすれば「?」なことも多く、どうしようもないなぁと感じている部分もあったりするもの。
仲のよさに対して嫉妬するというのは「アイツに認められたい」というのと同じであり、親友の下請けをするのと変わりません。
それよりは数字を相手にして一喜一憂している方がいいでしょう。
人間関係に対する嫉妬は生産性がゼロなので、早々にクセを直したほうがいいです。

 

承認欲求高杉晋作

仲のよさに対して嫉妬するのは、Facebookでいいね!乞食をするのと似たものがあります。
そう、承認欲求
いいね!の場所とひとが変わっただけです。

そんなことしなくても、あなたはちゃんと見られていますよ。
それをわざわざ「アイツは俺のことを見捨てた」とか決めつけるから本当に仲が悪くなってしまうわけで。
目立つ形でいいね!乞食したがために、空気が悪化してしまう。
だとすればある程度ドライに接した方が問題が少ないです。

承認欲求は人間関係のみならず、自分をもダメにします。
誰かに認められることが目的化してしまうと必然的に下請けになってしまい、数字と向き合うクセがつきません。
ひとの評価なんてあんまりあてになりませんし、調子や気分によって言葉も変わるでしょう。
そのようなあいまいな評価基準に依存するのは得策ではありません。

さらに、人間関係の調整に走っているひとが叩かれることも。
精神的に病むひとが出ないようにひた走っている姿は、相対的に見れば自分よりも仲がいいように見えるでしょう。
しかしながらひた走っている本人からすれば見捨てるなんて意図はなくて、単に接し方を調整していじめが進行しないようにしているだけです。

 

放任主義は信用している証拠

「誰とでも平等に接する」なんてのは、「みんなと等距離で接する」ということです。
しかし実際には「みんなが横一線になるように接する」「序列に沿って接する」というのが必要な場面もあります。
バックボーンや性格的にマイノリティに属するひと相手には多少ヨイショしたほうがいいですし、上の立場にいるひとに対しても同様。
だとすればかまってもらえないなんてのもあるわけですが、それが見捨てていると言い切ることはできません。

人間、信用している相手にわざわざ近距離で絡むものでしょうか?
ちがいますよね。多くの場合にはノンバーバルコミュニケーションを用いたり、放任主義をしたりします。
それらは信用関係あってのもので、信用できない相手とはしないでしょう。
つーかーで通じるからこそ放任主義や動作でのコミュニケーションをするわけで、そこまでベタベタ接しないというのは信用の裏返しでもあります。

そういうのがわかっていれば、仲がよくなったというのに対してもあまり動揺せずに済みます。
むしろ放任主義を見捨てられたのとつなげてしまうというのは理解度が不足していて、そのままでは悪影響をおよぼすでしょう。
近距離でベタベタ接するのが不得意なひとだっていますし、距離感なんてひとそれぞれ。
そこをいちいち構ってくれないだの騒ぐからめんどくさいと思われるわけです。

 

コミュニケーションというのは、必ずしも構ったり話したりすることではありません。
意志疎通ということで、それはサインだったりアイコンタクトだったりすることもあります。
お互いを理解しているからこそできるやり方もあるわけで、言葉が少ない、構ってもらえないとしても仲が悪くなったわけではないのです。

承認欲求の高さは時として人間関係に影響をおよぼします。
癒着するのがイヤなひと相手に「オレのことをかまってくれ!な、な!」なんていったら不快に思われても仕方ないでしょう。
「世の中にはそういうひともいる」ぐらいに割り切ってしまうのがよくて、癒着がすべてではないのです。

残念ながら、こういうのが理解できるひとというのは思いのほか少ないです。
そしてこういうのが派閥の原因になったりもします。
接しなくなるというのは必ずしも見捨てたというわけではなくて、信用しているということもしばしば。
そこを理解できずに誤解が生まれ、結果として分離してしまうことも少なくありません。

 

まとめ

時間が経ってかかわるひとが増えるにつれ、仲のよさへの嫉妬は起こりやすくなります。
そういうのは不可避なので、ジュール熱のようにゼロにはできないと割り切ってしまいましょう。
そこで相手に合わせてしまっては、あなたは消耗するだけ。それで病むとかバカらしいです。

コミュニケーションというものは、多くのひとにとっては「言葉をともなうもの」。
しかしながら実際にはそのようなものばかりではなく、言葉なしのやりとりというのもあります。
そういうのを理解できればコミュニケーションもやりやすくなるでしょう。
コミュニケーションは理解度を表すというのは、こういう意味でも成り立つようです。

 

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