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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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庶民の感覚では食べ放題に勝てない 与えられた土俵で勝負をするな

精神論 お金の話

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食べ放題について思うことを。

 

quelle-on.hatenablog.com

お金を出して食べ物を食べる。
こんなクソ単純なことこそ、食べる本人の思考がまんま出るもの。
記事に書いてあることも、金銭的に損するor得するのもととなることばかりです。

 

食べ放題と聞くと食べ物の方に目が行ってしまいがちですが、見るべきものは別。
金銭的な面では店が損するようにはできておらず、そこで元を取るというのはまちがいです。
にもかかわらず、食べ放題では元を取ろうとするひとは多数。

店の雰囲気のために行くだとか、他にも評価基準はあります。
どうせ金銭面だけ見てはWin-Winにはなれないので、お金以外の点も含めて考える必要があるでしょう。
食べ放題については、いくら食べてもOKということで料金を気にせずに食べられるのが特長。
ほかにも雰囲気がよければ頼れるお店の候補になりえますし、判断基準はさまざまです。

 

食材の原価に合わせて、それを調理するお金、地代や人件費、光熱費など諸経費を客が払う費用から抜いたものが店の利益なのだと認識している。

 

つまり、消費者側が支払うお金は食べものそのものプラスもろもろの経費プラス利益分なのであって、食べ物そのものだけで支払った金額分にしようとすることはどだい不可能だ。

つまるところ、食べることや原価にばかりこだわっていては、どうやっても店の側に並ぶことすらできません。
損をしたくないという気持ちがお金への執着を生み、かえって損をする結果となっているのです。

 

置かれた場所で咲くだけがすべてじゃない

「食べ放題はお金がすべて」
こんな感じで、いかにもテレビでありそうなルールに自分を縛ってしまうひとは少なくありません。
本質的には置かれた場所で咲こうとするのと変わらず、損する考え方です。
あくまでも自分なりに食べ放題の理由、店に行く理由をもっておく方がよく、「元を取れなければ損」という風潮を鵜呑みにすると出費とストレスばかりが溜まっていきます。

たとえ食べ放題という名前がついているからといって、必ずしも食べるのがメインと考えなくてもよいのです。
友人と一緒に行って楽しんで、エネルギーを充填するというのでも問題ありません。
マスメディアによる刷り込み、お金への執着心など捨ててしまいましょう。

置かれた場所で咲く「べき」というのは支配者のための言葉であって、労働者にとってのものではありません。
奴隷が奴隷でい続けるようにするためのものであり、それがまるでいいことのように扱われています。
現実には置かれた場所以外の情報も大切ではありますが、そのような情報は支配者にとって都合が悪いもの。
ゆえにそうした情報が出回ることはなく、置かれた環境下で我慢することが美徳であるかのように扱われるのです。

テレビでは大食いや食べ放題についての番組がたまにありますが、そこでピックアップされるのはチャレンジだの元を取るだのといった部分。
庶民はそれを真に受けてしまい、お金がすべてだと思ってしまいます。
つまりは「金銭的に元を取らないと損」というのは刷り込みなわけで、そのような庶民の感覚から脱出しない限りは対等な関係にすらなれません。

飲食店にしろ洋服屋にしろ、商品だけがすべてではありません。
内装、雰囲気、接客など、商品の値段にはさまざまなものが含まれています。
モノだけ見るのはただの原価厨であり、同じ値段でより楽しむといったこともできなくなるでしょう。
その値段には何が含まれているかという作り手目線が加わることで、普通の何倍も楽しむことができるのです。

 

その食べ放題は何のため?

食べ放題というルールを目の前に突きつけられたとき、あなたは何を思いますか?
金銭的に元を取ることがすべてだと思っていたら、延々と搾取されつづけることでしょう。
そこにこだわらず楽しさや満足度に目を向ければ、色々なものが見えてくるはずです。

高いお金を払っているのだから食べなければというのは、テレビの見過ぎです。
メディアの情報というのは必ずしも公平なものではなく、受け手が何かしらの行動をするように仕組まれているものも多く存在します。お金に固執するひとが増えるほど逆に商売しやすくなるというのにはマスコミも気づいており、それを見越して情報が配信されます。
そういうのがわかっていれば、「食べ放題はお金がすべて」という土俵で戦わなくて済むのです。

どうせお金はとられるんですから、食べにいくにあたってその辺は捨てちゃいましょう。
「サービスに対してお金を払っているのだから、十分楽しもうではないか」ぐらいに考えるのが実は合理的で、ムリにお金にこだわる必要はありません。

買い物で損しないための第一歩は、売り手や広告に踊らされなくなることです。
「売り手はこう言っているけど、自分はどう思うか」というのが大切で、モノやサービスがなぜその値段なのか、本質的にはどのような商品なのかに気づけます。
他のところとの差別化や工夫している部分に気づければ、モノだけにお金を払うということはなくなるでしょう。
売り手の気持ちに気づければ安い授業料としてはたらきますし、作り手の考え方もわかるというものです。

 

まとめ

わたしたちは食べ放題での元取りに見るように、実はお金にこだわる部分があります。
そうしておいて他の部分には目が行かず、肝心なときにお金に甘くなってしまいがちです。
風潮を鵜呑みにしていては庶民のままであり、延々とお金を取られ続けるだけ。
ある程度はどんぶり勘定になった方がよく、飲食店にはお金では勝てないと割りきってしまいましょう。

お金に関する話題はそのひとの価値観を如実にあらわします。
多くのひとはお金などどうでもいいといいながらも、実際にはお金がすべてだという考えは強いです。
必要か不必要かでお金の使い方を考えるのはケチなように見えますが、拝金主義という点ではむしろ庶民の方がその傾向があります。
言葉では言わない、表面的な言葉にはあらわれないにしても、節約にこだわったり食べ放題で元を取ろうとしたりと、現実として言動が拝金主義に根ざしたものとなっているのです。

 

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