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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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バランス主義は必ずしもいいことではない 自分を信じることの重要性

生活 精神論

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一般的に、バランスのとれた考え方はいいものとされます。
調整がうまいひとは人間関係をはじめ、さまざまなところで恩恵を受けるでしょう。

しかしながら、何でもかんでもバランスを取ったほうがいいというわけではありません。
時と場合によっては、偏った姿勢や考え方で取り組むことも必要となります。

 

このブログでは逆張り記事が多く、「一般論はこうだけど、こういう見方もできる」というものが結構あります。
それらの根底にあるのはバランスを重視する考え方であり、過度なネガティヴ思考におちいるのを避けることができます。
実際、「そこは論争ごっこするところじゃないでしょ」というのは少なくありません。
ゼネラリストVSスペシャリスト、目先VS将来なんてのはそれぞれをバランスよく配分するのが大切で、平常時に偏るメリットは皆無です。

しかし、バランスのとれた考え方というのも「原則」であり、必ずしも従うべきものとは限りません。
いけると思ったときには偏ったやり方にしたほうがよく、チャンスのときにわざわざ籠を分けていては、得られるものも少なくなってしまいます。

余計なところで損をしないためにはバランスよくというのが重要で、平常時にはそうしておくべきでしょう。
ですがチャンスが来たときにもそれというのはダメで、思い切ってお金や時間といったリソースを大量投入することも必要です。

 

「原則」であって「絶対」ではない

思考にはバランスが大切。
卵はひとつのカゴに盛るな。

こういうのは頻繁に言われることで、必ずしもお金についてのものとは限りません。
勉強についても、初心者のうちから専門を決めるというのは視野を狭めてしまい、あまりよいとはいえないもの。
「バランスが重要」「賭けは禁物」みたいなのは、身の回りを見ても結構あります。

しかしこの考え方は必ずしも万能とはいえません。
いつまでも初心者というのはありえず、ある程度時間が経った段階で専門を決め、狭く深く学習することになります。
そうしてうまくいきそうなところに時間を集中させ、最終的な結果を良くする方向に動いていく。
プラスを徹底的に伸ばし、マイナス部分は最低限というように動いていくのが、時間が経つにつれ重要になってきます。

その段階でバランスまで議論していたら、さすがに効率が悪くなってくるでしょう。
いくら自分のやることが幅広いからとはいえ、やらなくていいこと、知らなくてもいいことは一定量存在するもの。
理系の世界では物理、化学、生物など専門が分かれており、専門化が進むにつれ使わないものも多くなってきます。

つまるところ、上級者というのはやることが決まっており、ある部分に集中的に力を割いているということ。
これはバランスを重視する思考とは正反対の姿勢であり、少ない時間で結果を出すにあたっては重要な考え方です。
バランスがいいというのは失敗をしませんが、リソースを分散した分だけリターンも少なくなってしまいます。

わかりやすい話、物理のテストで高得点を取るにあたり、物理と国語の勉強をするひとはいないでしょう。物理の勉強だけしますよね。
あれもこれもと捨てられなくなるのがバランス正義の弱点であり、得たいものによって選択肢を絞って集中というのが必要になってきます。

そもそもの話、何のためにバランスを重視するかといえば、損失を最小限におさえるため。
あくまでも事故による損失をおさえるためであって、分散すること自体は大きな利益につながるわけではありません。

ウェブサイトの運営でいえば、ひとつのサイトがダメになった場合、そこに全データを集中させていたら損失が莫大なものになるでしょう。
そこで複数サイトを運営することで、サイトがダメになったときの損失を減らすことができます。
かといってページ数を減らしすぎてもダメで、ある程度まとまったページ数がなければそこまで大きなPVはありません。

 

バランスを取る場所は誰も教えてくれない

上記したとおり、すべてをバランスよくやるというのは結局のところムダが出てしまいます。
バランスというのは使い分けが重要で、「この分野の勉強だけ集中してやる」「これぐらいのページ数でこれだけのサイトを運営する」というように選択と集中のもとでやっていくわけです。
これは言い換えれば、大きなリターンを狙うにはある程度集中して卵を盛る必要があって、思考回路に偏りが生じたり、損したときのダメージが大きいということでもあります。

しかしながら、具体的にどこでどうバランスを取ればよいかについては、誰も教えてくれません。
どうすればうまくいくか、どうすればダメなのかは自分で思考・実験して見出すしかなく、「信じるも信じないもあなた次第。自分で考えてやってみてください。」というのはかなりあります。
バランスの取り方、取る場所については自分であれこれやって覚えるしかないのです。

これについては経験とカンによるものが大きいです。
定性的な部分については誰でも書けます。メジャーなサイトでさえ書きます。
しかし定量的な部分については自分で確かめるしかありません。
どれぐらいの範囲にどれぐらいのリソースを投入するべきかは自分で考えることとなります。

そして、自分なりに範囲と深さを考えたとしても、前例がないことについては不安がつきまとうでしょう。
そういう時にやってはいけないのが「失敗をおそれて何もしない」ことであり、思い切って飛び込むべきです。
コツとしては本番で全力を出せるよう、保険に関しては事前にある程度対策しておくこと。本番においてはただ目の前だけを見て、ひたすら頑張るというやり方が結果に結びつきやすく合理的です。

不安になって全力を出せないというのは、それだけで成功率を下げます。
失敗したあとのことを考えてしまうとそれだけリソースが消費されてしまい、全力を出せません。
どうやっても失敗や不安はゼロにできませんので、一定段階までいったら悟りを開いたかのごとく取り組む必要があります。

 

まとめ

立ち直れないほどの失敗をしないためには、ある程度の範囲でバランスよくリソースを配分する必要があります。
しかしいけると思ったときには失敗を覚悟で、リソースを投入することが大切です。
カゴを分けることが絶対だと思っていると、肝心なときにチャンスをものにできないということになってしまいます。
PDCAによってある程度の見当はつけておくべきです。

部活で現役だったときは、こういうのがなかったわけではありません。
経験的・理論的に考えたやり方で練習に取り組むにあたり、苦手を突かれたらどうしようというのは結構ありました。
それでも現実にはただやるしかなく、できる範囲のことだけを全力でやるだけ。
未来のことはわからないので、やることを絞って全力でやってみるしかなかったです。

わたしたちは前例があることに対しては安心して全力を注ぎますが、前例がないことに対してはあんまり全力を出す気にはなれません。
特に演繹法で考えだしたアイデアや仮定をもとにやっていく場合、不安は付き物です。
しかしそこで不安がって全力を出さないというのでは、成功の確率そのものも下がってしまうでしょう。
リスクはある程度まで減らせても、ゼロにはできません。一定の段階まで考えたのならあとはやるしかなく、ひたすら己を信じて突き進むだけ。
失敗した時のことは事前に対策しておいて、いざ本番となったら失敗を考えずにのびのびとやった方が、最終的にうまくいきやすいです。

 

※補足

バランスが重要だ、でも時としてバランスを捨てなければならない。
ブログの主旨とこの記事の主旨を見れば、一見して矛盾しているように思えるでしょう。
ここで言いたいのは使い分けが重要ということであり、すべてがすべてバランス重視でやってもうまくいかないということです。

やることを決めて取り組むというのはアンバランスなことであり、精神的に弱っているところに自己啓発本を大量投下するのはバクテリア化と紙一重です。
それでも理論的に正しいとわかっているのであればやった方がよく、実際にはそれしかできないというパターンは多々あります。

多くのひとが失敗をおそれて「中庸」なるものを選んでいますが、それでは大きく成功するということもありません。
平凡にコツコツやっていたのではいつまで経っても結果がついてきません。
大きく成功するには、どこかで思い切って技をかけることが必要なのです。

 

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