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努力やチャレンジはいいことなのか 挑戦についてまわる2つの問題

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努力や挑戦はいいことなのか。
これについては明確な答えがありませんが、一般論としてはいいことのように扱われています。

しかし、わたしとしては努力やチャレンジそのものが持ち上げられすぎではないかと感じます。

 

努力することは、一見すれば美しく、ストーリー性もあります。
またチャレンジ精神についても肯定的な見方がなされ、挑戦することそのものがヨイショされる場面も多いです。

ですが、努力や挑戦そのものが直接的な価値を持つかといえばそうでもありません。
むしろそれ自体に直接的な価値が生じてしまったら、努力して成功したひとの立場はどうなってしまうのでしょうか。
失敗しても成功してもほめられるというのであれば、成功する意味が薄れてしまうでしょう。

わたし自身はチャレンジすることに対して肯定的ですが、それは成功する可能性があることや、経験がのちの失敗を減らしたりチャンスをものにしたりするからです。
やることそのものに価値があるのではなく、それによって得られるものが大きいからこそ積極的に挑戦すべき。
単に挑戦そのもの、努力そのものに価値があるのではなく、それによって得られる経験や自信、ノウハウそして何よりも結果に価値があるのです。

 

努力や挑戦そのものは評価対象ではない

話が抽象的でわかりにくいので、具体例で考えましょう。
スポーツの大会で優勝するため、必死で努力することについて、あなたはどう思いますか?

1年後の大会で優勝するため、夜遅くまで練習。
友達と遊ぶ時間も捨てて、ひたすら練習と筋トレに打ち込む。
そのうえビデオ研究までやって、大会に全リソースを投入する。
そこまでやったとしても、必ずしも大会で優勝できるとは限らない。

練習やトレーニング、ビデオ研究は努力であり、大会に出ることは挑戦です。
もし努力することや大会に出ること自体がエラいとされら、優勝することの意味がなくなっちゃいますよね?
せっかく苦しい思いをして優勝しても、2位以下のひとと同列に扱われてしまったら、あなたはどう思うでしょうか。
感動もクソもないですよね。そういうことです。

昨今の努力ヨイショにはそういう議論が不足しています。
努力も目的達成のためにするものであって、ただやればいいというものではありません。
努力してチャレンジして目的達成できることが大事なのであって、やることそれ自体が目的化しては取り組むことの意味も薄れてきます。

スポーツの世界では「優勝以外はすべて同じ」というのがたまに言われます。
こういうのはキツいですが本質を突いており、優勝することがいかに大変なのか、いかに価値あるのかということがわかる言葉です。
優勝以外はすべてゴミだからこそ優勝する意味があるのであって、そうでなければチャレンジそのものの意味もありません。

 

ムダなのかといえばそうでもない

では努力やチャレンジがまったくムダなのかといえば、そうでもありません。

経験によって得られるものはかなりのものがありますし、何よりそれによって次回以降に失敗する確率を減らせます。
さらに努力したという経験は自信につながり、それが結果が出てからの安定につながるのです。

キツいものと向き合って努力してきた経験というのはかなりの効果をもたらします。
実際、部活に耐えてきたというのはいい経験で、それによりどっしりと構えられるようになりました。
たしかにカレッジライフを捨ててまでやっており、失ったものの数も無視できるものではありません。
しかしながらこういうのは手に入りにくいもので、差別化要因としてはかなり有効です。

努力やチャレンジはそれ自体に直接的な価値があるわけではなく、それによって得られるものに価値があるのです。
ベストは成功し続けることですが、失敗することの方が多い状況では現実的な考えも必要になります。
失敗を過度にとらえるのではなく、そこから何が得られるのかを考える。
この繰り返しで力をつけていけば、いつか成功できるかもしれません。

 

続けたいならうまく立ち回れ

チャレンジや努力については目的化は問題ですが、それ以外にも問題は存在します。
この手の話では「続けることが重要」というのもよく言われますが、続けるための条件を軽視してはなりません。

挑戦し続けるのはいいのですが、そこにはコストの問題もつきまといます。
お金に困ってチャレンジできなくなってしまっては本末転倒でしょう。

何をやるにしても一定額のお金は必要で、生活費用すらままならない状況ではチャレンジすることもむずかしくなります。
挑戦し続けられる、努力し続けられるだけの土台は必要であり、そこを崩されるとどうにもなりません。
続けることが重要と言われる場においてはこういうのが語られませんが、意外と重要なことです。

やりたいことそのものにはお金がかからないとしても、ほかのところが原因で続けられなくなるというのはゼロではありません。
ブログを書くというのは一定の時間がいることですので、余計なことに巻き込まれない、時間を確保するというのも大切になります。
ブログそのものにお金はかからないですが、何らかの要因で断たなくてもいい収入源を断つというひとも現実にはいるでしょう。
一見して辞める要因がないように見えても、実際には罠がかくされています。

やりたいことに全力で取り組めるのも経済的な土壌があってのことで、生活費にも困るような状況では到底できません。
稼ぐことがいやしいというゴミみたいな風潮と付き合っていては、そのうちやりたいこともできなくなってしまうでしょう。
お金がないのなら稼ぐ必要があって、そうしてようやくチャレンジすることができるのです。

 

ここで言っているのはドリームキラーのいう「失敗する。世の中そんなに甘くない。」とはちょっとちがいます。
チャレンジし続ける、努力し続けるにはどうすればよいかというのを言っているのであって、ドリームキラーのように最初からあきらめろと言っているわけではないのです。
やりたいことを100パーセントできないとしても、50パーセントはやれるやり方があるでしょうということ。
こういうのはゼロイチになるところではなくて、足し算引き算で考えるべきところです。

負け越さないというのは、この考え方を理解するにあたり重要な手がかりとなります。
いくら失敗したとしても致命傷を負わなければいいですし、最終的にマイナスになっていなければ問題ありません。
合計してプラスになっていればよく、必要であればリスクを合理的にとればいいだけです。

致命傷になることだけは避け、最終的に勝ち越すようにする。
このような対処もできて損はしません。
引き分ける技術というのも欠かせないでしょう。引き分けが確実にできれば、相手の技を覚えることもできます。
負け越さないような立ち回りを覚えることは重要なのですが、多くのひとがその重要性に気づけません。

 

まとめ

チャレンジや努力というものについては

  • やることそのものが目的化していないか
  • どうやればやり続けられるか

の2つを考えればいいのです。

好きなことをやるにしても稼げるやり方でやった方がいいのは間違いありません。
チャレンジや努力も継続がカギをにぎるのは事実ですし、続けるのに必要な力をつけても何の問題もないのです。

ただ、目的化については注意すべきでしょう。
目的化はモチベーションそのものを低下させますし、得られるものの質をも下げます。
優勝以外がすべてゴミだからこそ優勝はいいものですし、そのために努力する日々もドラマチックになるのです。

 

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