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まだ手動ワードサラダで消耗してるの? 踊りをやめられないブロガーたち①

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ここ最近、ブログにまた新しい傾向が出てきています。
具体的には「まとめる数を多くしてブクマさせる」というもの。
購読中のブログ一覧とか見ていると、そういうのが増えてきているように感じます。

 

やりたいことの数を極端に多くする、まとめにならないまとめを書くなど、書き手視点ではこれまた変わったことをやるなぁと感じます。
たしかに短期的に見ればブクマやリンクは付くのですが、みんなと同じようなやり方でやっているというのは否定できず、長期的に見ればあまりよろしくありません。

 

最近読んでて多いなと感じるのは

  • ○ヶ月○PV
  • △△まとめ100選
  • ブログ運営の方法

の3種類。
踊らされているのが手に取るようにわかります。

PVや収益の報告はみんなやります。それがオリジナルのコンテンツにつながるということはなく、稼いでいるイメージを作るぐらいしか用途が思い浮かびません。

数の多いまとめについてはまとめの本質から外れていますし、ネットにゴミを撒き散らすなと言われても何も言えません。

ブログ運営についてはためになる記事ばかりが評価され、それ以外はほとんど目立たないというように二極化しています。
他では書いていないようなことを書いた記事ばかりが読まれ、コピペ同然の記事は読まれません。

運営報告とノウハウ提供がそろっているのを見ると、情報商材でアフィリエイトする人間と本質的には変わりません。これについてはまた別で解説します。

 

もっとチャレンジしようよ

まとめ記事それ自体はとりあえずのブクマを増やし、それが拡散されることにつながります。
しかし、そのやり方に依存していては文章で表現するということがどうしても減ってしまうもの。

項目数をめちゃくちゃ多くして「とりあえずブクマ」というのはその時はいいかもしれませんが、潰しがききにくいのも事実です。

バズ依存は瞬時値的には優秀なやり方ですが、長期的に考えた場合には必ずしもいいやり方とはいえません。これについては他所でも散々言われています。
まとめになっていないまとめを書く場合、読まれるような分野というのはみんなが書きますし、簡単にパクられる時点でレッドオーシャンそのものです。

またちゃんと文章の形で文字数を書ければいいのですが、短文×たくさんというのは潰しがききにくいというデメリットがあります。
ちゃんと文章の形で書いていれば他にも応用がきくのですが、項目列挙と短文だけでは用途が限られます。

別のところに転用できるかはわたしとしても重視しているところで、短文と100個まとめでPVを稼げるとわかっていてもあえてやっていません。

最初のうちは読まれるものだけ書くというのは間違ってませんが、ある程度慣れてきたら転用がきくように動くのが普通でしょう。
転用を考えるうえではより上のレベルの内容を学ぶ必要があって、キャッチコピーだとかキーワード選定だとかのシステム的なものが重要になってきます。
そのうえ更新を継続して行うのですから、限定的なやり方に依存するのは体質的に考えてあまりいいやり方とはいえません。

慣れてきたら自分なりの方法で試してみて、かつ転用がきくように心がける。
更新量や作業量が増えてきた場合、力押しの方法ではどうしても時間的にムリが生じてしまうでしょう。
作業の効率化をはかる一方でオリジナルなコンテンツを作れるようになるのも欠かせません。コピペのような記事しか書けないというのではいずれ限界が来てしまいます。

 

それなんていう手動ワードサラダ?

目を引くタイトル、読ませる文章、目の付け所、展開の仕方。
初心者のうちは意識しなくてもいいですが、当然そのままではレベルアップしません。

項目数が多いまとめ記事・やりたいことリストは、アルゴリズムでは対処できないワードサラダと言っても過言ではないでしょう。

問題提起したり賛否両論な記事を書いたりして炎上したほうがはるかにマシです。

そして当然のことながら、そのような記事を書けばPVが増えるためみんなやります。
うまくいくとわかっていることについてはひとが殺到するので、消耗戦となることは避けられません。
さらに自分のやっていることに対して無理やり正当化するしかなく、どこかで後ろめたさがはたらいてしまい続かないということも考えられます。

内容や主張があっての数千字ならポジティヴな気持ちで書けるでしょうが、まとめにならないまとめだとわかっている段階で少なからず抵抗が生まれてくるでしょう。
そのうち「コピペ記事量産=目的」となってしまってもおかしくはありません。

大義名分というのは結構重要です。
自分のやっていることが悪いことだとわかっている場合、全力を出せないのは明らかですよね。

やめようという気持ちがはたらいてもおかしくはなく、「自分が悪者」という気持ちでやったところで効果は薄いでしょう。
やるからにはひとの役に立つと思えることをやるべきです。その方がのびのびとやれます。

 

いかにして消耗を避けるか

みんながやる方法でやっている以上は消耗します。
早いうちに自分のやり方を見つけてしまうのが得策でしょう。
そのままでは遅かれ早かれ新規参入に駆逐されてしまいます。

「まとめの項目数増やしてとりあえずブクマを狙う→文章を書く力が身につかない」というのは最悪パターンです。

わたしは何も、炎上やバズそのものについて否定してはいません。
それらに依存することが消耗の原因となるのであって、それが続かない原因になってもおかしくはないのです。

読まれるタイトルをつけるのは普通ですし、こと問題提起という点においてはかなり有力な手段となるでしょう。
賛否両論な記事や問題提起をしている記事が「まとめ100」と同等に扱われるのはいかがなものかと思います。もっとも、「まとめ100」自体もある意味では問題提起しているようなものではありますが、それが意味するところは気づいてすらもらえないはずです。

自分なりの方法を確立するのがはやいほど、余計な消耗からは距離を置くことができます。
うまくいくとみんながわかっていれば、消耗するのは当たり前です。
いつまでも他人のパクりばかりでは消耗するので、とっととオリジナルな方法を身につけ、オリジナルな記事を書けるようになりましょう。

 

まとめ

みんながPVを獲得している横で、自分はただひたすらにオリジナルなやり方で書き続ける。
こういうのは途中で折れてしまってもおかしくはないでしょう。
ブログというものは参入障壁が低く、そうなるひとが続出しても何ら不思議ではありません。

誰でもできる簡単なことというのは、案外脱落者が出やすいものです。
簡単に参入できるがゆえに、流されてしまうひとも少なくはありません。
そうして情報商材を安心感のために買って、あとであきらめて「騙されたぞコノヤロウ」というのが続出しているのが現状です。

まとめになっていないまとめ記事も、そう経たないうちにみんなやり出すはずです。
今はみんな運営報告をしていますが、それと同じように無駄に項目数が多いまとめで新着欄が埋まってもおかしくはないでしょう。
それをやるブロガー本人には問題意識がなく、まとめになっていないということに対して問題ないかのように考えてしまっています。

 

※補足

ワードサラダという言葉は本来、プログラムで生成したような意味をなさないページおよび文章を指します。
手動ワードサラダというのは比喩です。

また、項目数の多い記事がブクマされるというのは過去にもありますが、最近はみんなそれをやるようになってきています。
そうなったということは、まとめになっていないまとめももはやオイシイ話ではないということでしょう。
うまくいくとみんながわかってないからこそうまくいくのであって、みんなが知っている段階でそれはオイシイわけではないのです。

 

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