読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

MENU

自己判断の重要性 ブラックかどうかの判断は自分でしましょう

生活 教育

スポンサードリンク

f:id:murasakai:20160425170306j:plain

自己判断とブラックについて思うことを。

 

うつ病の話が出ると、必ずといっていいほどブラックという言葉が出てきます。
そこでは「自分の今いる環境はブラックなのか」という質問がもれなくされるものです。

この手の質問に関していえることは、ブラックかどうかの判断は自分ですべきということ。

自分のことを一番良く理解しているのは自分自身ですし、何よりひとに判断を任せてしまっては現環境から抜け出せないということにもつながります。

ブラックかどうかなんて自分で判断することですし、それぐらいのことができないと犯罪にも巻き込まれるでしょう。

 

視野を広く持ち、外部とのやりとりを作っておくというのは、それだけ判断材料が増えるということです。

外部とのやりとりを遮断する、ネット環境をなくして情報統制するなどというのは、判断材料を減らすうえでは定石。おかしいと思えるような能力はあらかじめ持っておいた方がいいです。

 

ひとに訊くようなことじゃない

そもそもの話、ブラックかどうかというのは、ひとに訊くようなことではありません。

定義がハッキリとしているわけでもなく、ひとによってブラックかどうかは変わるものだからです。

仲間に話したところで、留まってくれのひとことで返されるのがオチでしょう。
目の前の状況に疑いを持てるかというのは何も商品開発どころの話ではなく、自分の身を守るということにもつながります。

 

判断を他人任せにしてしまうことの弊害はヤヴァいです。

集団内の人間のほとんどが自分と異なる考え方をもっていた場合、他人任せの判断ではあなたに合った判断ができるとは限りません。

他人に依存することで、判断の軸もブレてしまうでしょう。
自分本位で考えるべきところで他人に依存してしまうと、あとには後悔ばかりが残ります。

 

そこにいる人間次第で判断基準を変えるというのは、実は非常に危険なことです。

自分にとって辛いだけならまだしも、ムラ社会的な同調圧力で犯罪に加担してしまっては元も子もありません。

自己判断できるというのは実は重要な能力であり、出る杭は打たれるような環境にいてはついつい潰されてしまいがちです。

 

お墨付きなんていらない

判断するにあたり、お墨付きなるものはいりません。

あなたがブラックだと感じるのならばブラックですし、そう感じなければブラックではありません。

 

判断ひとつひとつに上のひとのお墨付きが必要とか、危険にもほどがあります。

もし自分に合わないと感じていた場合、そこに「この環境はめちゃくちゃホワイトだ!」なんてのが飛んできたらどうでしょうか。
あなたはまちがいなく体を壊しますよね。

お墨付きが欠かせない体質になってしまうと崩壊一直線です。

 

学校教育の過程では「先生に怒られない=正しい」というのをイヤというほど刷り込まれます。これが本質を見失ってしまうと、お墨付きが必要ということになってしまいます。

 

怒られないからといって、必ずしも本質的に正しいとは限りません。
「先生はこう言っているけど、自分はこう思う」という姿勢は大切であり、この考え方ひとつで行動もがらりと変わってきます。

 

我慢は美徳という風潮に対して、あなたはどう思うのか。
自分の意見を持って行動できなければ、どんどん他人の人生を生きるということになってしまいます。

我慢という行為そのものも状況によって意味がちがってきますし、大抵は自分が損するような意味で扱われるもの。

ブラック環境やコツコツ教に対して自己判断できないと、それこそ大変なことになります。

 

自己判断できないと大変

自己判断は何も、過酷な環境に対してのものだけではありません。

違法行為が平然となされるような環境の場合、自己判断できないと自分もやってしまうということになりかねません。

 

周囲の環境が明らかにおかしい場合、あなたはちゃんとNOと言えますか?

言えない場合はちょっと考えた方がいいでしょう。そのうちババを掴まされますので。
早急に修正しないとうつ病どころの話ではなく、犯罪云々の方向にまでなってしまいます。

 

結局のところ、最終判断は自分でするしかありません。
本質を見る目を養って、ワナを見破れるようになる必要があります。

世間体を気にしないだとかお金で判断するだとかいうのは、その第一歩でしょう。
ある程度ドライにならないと自己判断なんてできませんし、判断基準に感情を含めてしまってはまちがった方向に行ってしまいます。

判断力をつけるにあたっては、ムラ社会の空気から自由になることが求められます。
飲み会の連続で勉強できないとかなったら、まちがいなく判断力は身につきません。

きっぱりとNOということができる。これこそが判断力です。

 

まとめ

「まわりがやっているから、自分もやらなければならない。」

この思考から抜け出さないと、判断そのものが困難となります。

自分にとって何が大切かなんて自分で考えるしかなくて、他人に依存していては判断を誤ってしまいます。

 

世間体を気にせず判断すれば脱落者と言われるでしょうが、新しい環境で活躍できます。
また他人から犯罪行為を強要された場合、きちんとNOといえればあとあと面倒なことにならずに済むでしょう。

感情を抜きにして自己判断できるという能力そのものは悪いものではありませんので、時間を作って身につけておくことをオススメします。

 

あわせて読みたい

www.murasakai.net

 

www.murasakai.net

 

www.murasakai.net

 

noboyu.hatenablog.com

この記事のような判断ができれば、搾取構造に巻き込まれて過労死というのを回避できるでしょう。
自己判断できるかのちがいは大きいのです。