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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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本に書いてある内容のうち、重要なのは2割だといいなぁ ムダ本を読んだ時にどう思えるか

教育 生活

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一般に、本に書いてあることのうち、重要なのはその2割だと言われます。

しかし実際には2割を超えたり、たった5パーセントしか情報が得られないということだらけ。

役立つ情報が得られないというのもめずらしくはありません。

 

わたしもいろいろと本を買って勉強しているのですが、内容がすでに読んだことあるというのが結構あります。

本に書かれていることの多くは、ほかの本と被っている内容だらけ。
独自のノウハウ的な部分の占める割合は小さいです。

 

本の内容が被っている、そもそも役に立つ情報がなかった。
これらは読書をしていればよくある話ですが、どちらも本質的にはいいことなのです。

その理由を以下に説明します。

 

内容が本と被った、どうする?

まず、内容がほかの本と被っていた場合。

この場合、「多くのひとがそう言っている」ということにつながります。
みんなが言っているというのは、それだけその分野では常識だということ。
あるいはみんなそう考えているということの現れでもあります。

 

複数のひとが同じことを言っている。
内容が被るというのは一見して損しているように見えますが、実際はそうではありません。

「他のひとも同じことを考えている」という情報がわかるのは大きいです。

 

独立した情報源から、同じような意見が多数出ている。
これは考え方がおそらく正しいということを示しています。

いわゆる集合知というやつで、リテラシーあるひとたちが独立に考えるのでちゃんとしています。

ネガコメに対して言われる「集合痴」とは真逆です。笑

 

多くのひとがそう考えているという情報が、本を10冊ほど買っただけでわかる。

これはお得意外の何物でもないでしょう。
ちゃんとした集合知による情報が、たった数万円で手に入る。これだけで儲け物です。

 

自分が本を読んでやろうとしていることは、どのくらいのお金がかかるのか。

本を大人買いする時点で、9割方何かしらのビジネス関連です。
だとすれば、数百万数千万が動く世界についてはタダ同然でしょう。
また、本を買わない場合には膨大な手間もかかってしまう。

その程度のお金で使える知識や考え方が手に入るのですから、安いことこの上ありません。

 

本の内容が当たり前すぎる場合

続いてはこちら、書いてある内容が自分にとって当たり前だった場合。

これも一見するとお金がムダになったように感じますが、別の観点から考えればそうでもありません。

 

書いてある内容に対して「何だよ、当たり前なことだらけじゃないか」と思えるようになったら、あなたがレベルアップしている証拠。

その本に書かれているレベルのことはすでに身についているということになります。

 

逆にその本を読んで「なるほど!」と思うようではまだまだ。
あなたはまだそのレベルの力しかなく、もっと成長できます。

 

そういうわけで、こちらはレベル確認という意味で有益です。

 

先ほど書いた集合知による情報に対しては読み飛ばし、独自のノウハウも知っているという状況。

それほどのレベルまで成長することがとりあえずの目標であり、通過点であります。

 

この方法はどんな分野においても力を発揮します。

トップ層のプレイヤーが書いた本についてつまらないと思うのであれば、あなたがそれだけ成長しているということです。

言いかえれば、トップ層の書いた本がつまらないと思えるぐらいにまで成長してしまえばよい。

日本語の本教材だけでは限界を感じたとき、あなたには相当な力がついているはずです。

 

重要なところは2割以下におさまりましたか?

上記の内容から、わたしがタイトルで言いたいことがわかるでしょう。
つまりはこういうこと。

 

書いてあることの2割は重要だと感じるうちは、まだその程度の力しかない

 

そうです、最終的には「この本つまんねーぞ」になる必要があるんです。

さっきも書いたとおり、書いてあることに感心しているうちはレベルがそんなに高くありません。

どんどんハイレベルな本を「つまらない」と思えるようになることこそが成長なんです。

 

読書、実は残酷

本のレベルに対して、自分は今どのレベルにいるのか。

読書という行為は、自分の能力をイヤというほど知る手段でもあります。

 

つまるところ、読書というのは実は残酷なんです。

読んでいて感心しているうちは、自分もそんなに成長してはいない。
「つまらない」と思えない時点で、あなたはまだまだそのレベル。

自分のレベルの低さをこれでもかと突きつけてくるのが読書です。

 

たかが紙の本に、目も当てられないほどの現実を見せつけられる。

そこにあるのは活字だけですが、語っていることはおどろくほど残酷です。おもしろいと思えるのであれば、能力がないことの証明になる。

わたしたちが小学校のときからやっている「読書」とやらは、どうやら一般に言われるほどいいものではないみたいです。

 

まとめ

読んだ本がつまらないと思えるようでなければ、成長していないということ。

読破して「この本、つまらない。当たり前のことしか書いていない」と思えなければダメなのです。

しかしここには成長のカギが隠されているともいえます。

 

どんな分野であれ、トップ層の人間は本や教材を出しているもの。
それらを読んでつまらないと思えるようであれば、それは成長を意味する。

だとすればそれらを即ゴミ箱行きに出来るようにすることが、ひとつの通過点になります。

 

成長したいのなら、「重要なことは書いてあることの2割、いや5パーセントにも満たなかった」といえるようになってください。

集合知だの何だの言っているうちはまだまだ。そのように即答できないうちは、読んでいる本と同レベル。

さっさと「つまらない」といえるようになるぐらいまで、ひたすら練習あるのみです。