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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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コアタイムがないからその研究室を選びました by就活にやる気のない学生

就活 教育 生活

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「なぜ今の研究室を選んだのですか?」

こんな質問に高尚な答えなど必要ありません。
「コアタイムがないから」ぐらいでいいんじゃないんですかねぇ。

 

だいたい、表面的なことばっか聞いてどうするんですかねぇ。
得られる情報としては「お利口さんタイプ」ぐらいしか思い浮かばない。
これもまた、生産性のない質問です。

 

質問の生産性はさておき、

コアタイムがないというのは、選ぶ理由としてはいいのではないでしょうか。

というのも、コアタイムがあると上から与えられることに慣れてしまい、主体性が育たない。

 

大学生にもなったら、自分のことぐらい自分で管理できるでしょう。いちいちコアタイムとかで面倒を見るとかアホらしいです。

 

自分で計画せよ

大学に来てまで「この時間に来ましょうねー」みたいなことやるとか何なんですか…
小学校じゃあるまいし。

 

この件についてはすでに多くの大学で言われていることでしょう。
20超えてまで面倒見てもらう必要があるとか、冗談にも程があります。笑

主体性の面から、一部の先生はコアタイムやゼミに対して否定的です。

 

教科書読んだり論文読んだりは自分でできるはずですし、わからないところは随時先輩にでも訊けばいい。

コアタイムにメリットが感じられません。

 

もし主体性とか考えるのであれば、コアタイムは邪魔なだけ。

条件が最初から与えられるというのは、それだけ主体性が伸びにくくなるということにつながります。成長したければ自分であれこれ計画できる環境でなければなりません。

 

ノマド組はどんどん成長していく

コアタイムにいたかいないかを論争しているうちに、コアタイムがない研究室の学生はどんどん伸びていきます。

コアタイムがない、いわゆるノマド組はタイムマネジメントとか自分で考えて実践していきますし、打ち合わせとかも全部自分でやる。

そうしてリモートワークのノウハウを覚えていきます。

 

環境を変えるメリット、けじめをつけることのメリット、etc…
ここらへんはコアタイムという縛りがなくなって気づけることでしょう。

「○○時まではいるべき」とかいうヘンなものにこだわる必要性は皆無です。

 

せっかくお金を払って大学にいるのですから、専門的な知識以外にも持ち帰るべきものはたくさんあります。

授業料に対して学歴と専門知識だけではつりあわない。生活や情報収集のノウハウを持たずして卒業とか考えられません。

 

大学は研究設備だ

コアタイムのない研究室にいると何が見えてくるのか。
これについてはひとそれぞれでしょうが、「大学”は”研究設備だ」というのもあるとは思います。

 

考えてみてください。

研究室だって実験したり輪講したりするために集まるもの。
出席のために来るとかいうのは大学生のすることじゃありません。

 

もし家で勉強できないから大学に来るとしても、それは環境を変えるために来ているのであって、出席するために来ているのではない。

その場合にはやる気のある環境という「場」のために来ており、「出席しなければならない」という要素は見当たりません。

 

コアタイムという縛りがなくなれば、自分はどう動くべきなのか。

そのような条件でムダのない動き方を追求していった場合、「実験するために大学に行く」というのが出てきます。

 

縛りをなくしたことにより、本来の目的に気づくことができる。おもしろいです。

 

上記の内容から、コアタイムがないことによるメリットをおわかりいただけだでしょう。わざわざコアタイムを設定することによって、かえって学生の主体性が失われてしまうのです。

同調圧力なんかも生活していくうちにわかるはずですし、自己管理能力も当然のようについていきます。ゆえにコアタイムがないというのもひとつの考え方です。