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ケーススタディの人生

生活や人間関係における考え方まとめ

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マタニティマークはかえって危険!?

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マタニティマークが反感の原因になるということが話題になっている。

本来は妊婦が安全に過ごすためのものであるはずが、かえって危険に晒してしまうという状況になっている。

 

妊婦であることがわかれば、周囲の人間は席を譲ったりと対応が容易になるはずある。

それによって妊婦にかかる負荷は減るはずであるが、少数派の人間によって厄介なことになっている。

「なぜ妊婦を優遇するのか」といったクレームがあったり、日常生活で嫌がらせを受けたりと、マークの存在によって不快な思いをする妊婦が出てきているのだそう。

妊婦に席を譲ったりするのは常識的な対応であるが、逆にねたまれたりするというのにはムラ社会のねたみ文化を感じる。

 

ムラ社会では誰かが優遇されるということが良しとされない。

日本はムラ社会であるため、マタニティマークのように優遇される人間が差別されるということが多々ある。

何かを主張すれば村八分にされるという、出る杭は打たれる的な環境ではマークを付けることが危険だということになってもおかしくはない。

マークを付けることが「主張」となり、それが原因で差別を受けてしまうという構図である。

 

ムラ社会においては周囲と同じであることが求められ、誰かが楽をしているということがあれば批判の対象になる。

周りが苦労しているから自分も苦労すべきという同調圧力はいたるところに存在し、そのような雰囲気が原因で精神を病む人は少なくない(筆者も一時期そういうことがあった)。

学校教育における部活動など、教育上でもそのような空気は存在する。

周囲と違うことをすれば異端者とみなされ、いじめの対象になったりする。

そのため、ムラ社会において周囲と違うことを主張するのは危険以外の何物でもない。

 

救済措置的な存在が、差別的な雰囲気を強めたり逆差別を生んだりするということは多い。

マタニティマークはその一例にすぎず、女性活躍推進策など挙げればキリがない。

弱者の救済という意味では有効であるが、それが「優遇」という見方につながり、差別を生んでしまうのである。

ネットが発達した現代においては特に面倒で、たとえ大多数の人間が配慮していたとしても、ごく少数の人間が妬んで発言すれば、あたかもそれが世論であるかのように捉えられかねない。

 

日本がムラ社会である以上、救済される弱者を妬む人間は残念ながら一定数存在する。

そのため、マタニティマークを付けない方がいいと思う人が出てくるのは避けようがない。

そのような状況において私たち一般人ができることは、「何も言わずに」席を譲ったりすることしかない。

間違えても、マークをつけていることを「指摘」するような行動をとってはならない。

 

参考

マタニティーマーク10年、世間の反感に自粛する妊婦も:朝日新聞デジタル